
まず最初に言っておきたいことは、映画版を見て何か感じるものがあったならば、迷わずこの原作を読むべきである。僕も映画版を見て長らく原作があることを知らなかったが、この原作を読んだとき、その世界の奥深さ、価値観の奥深さに完全に魅了された。(ちなみに映画版が世に出た1984年は僕の生まれ年でもある)
原作のボリュームは映画版の数倍ある。映画版の部分は原作では全7巻中、第2巻の途中で終わってしまうことからも、いかに映画版が、腐海の息づく世界のほんの一部であることかが見て取れる。また、その映画版の部分も設定がほとんど入れ替わっている(そういう意味では設定を変え僅かな時間の中にウシカをあれ程までに生かした映画版はすごいと思う)。
まず、映画版とは大きく違うのが、魅力溢れるクシャナの存在だろう。映画版ではトルメキア軍の司令官といういわゆる悪役としてのイメージが強かったが、原作ではその彼女の人間像について遥かに深く描かれている。彼女の優しい表情を見ることができるのも原作ならではの魅力である。
――トルメキア王の第四皇女。神速機動を旨とする装甲騎兵部隊を基幹にしたトルメキア第三軍の司令官。諸外国からは白い魔女と畏怖されたその用兵の妙と、兵士たちを道具ではなく命として見るからこそ得られる部下からの揺るがぬ忠誠。だから、兵士たちは彼女の為ならば自らの命を失うことを恐れない。原作第3巻はその彼女の正念場であるだろう。
だが、その神がかり的なカリスマ性を備えたクシャナを恐れたのは、国外ではなくむしろ国内だった。クシャナの父王と3人の兄皇子たちはことさらクシャナを恐れた。王宮に渦巻く陰謀と権謀術数の数々。彼らに毒を盛られクシャナの身代わりとなって毒を受けた彼女の母。廃人となったクシャナの母は我が娘を見分けることができなくなった。
「あなたとあなたの娘を苦しめた、毒蛇どもの牙をこれから砕きにまいります」
「どうか心安らかな日々を……」
出陣の際、母へのこの挨拶は切なく胸に響いた。それはクシャナの唯一の弱さであり、しかしまた彼女の生きる糧でもあったからだ。ナウシカはクシャナのことをこう表現している。深く傷ついているけど、本当は心の広い大きな翼を持つやさしい鳥だと…。そんなクシャナは数多の人に支えられ、偉大なる王道を歩むこととなる。
それともう一人特筆すべきなのがクロトワ。平民出の参謀という変わった肩書きを持ち、映画版よりもより狡猾で、でもどこか抜けていて憎めない男。そして、優秀なコルベット乗り。良い味出してるよ。
生命に対する価値観。それこそがナウシカに表現させたかった宮崎駿の信仰ではなかろうか。それが全頁にわたって咆哮している。腐海や蟲たちが生まれた理由。戦争や人々の殺し合い。愛と憎しみ。生命の素晴らしさと愚かさ。それらのテーマが昇華する最終巻では、その迫力に僕は絶句した。
僕は夜11時に読み始め、夢中になって読み終わったら朝の7時前だった…。できれば、時間をとって読んだほうが良いかも。
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