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March 14, 2006

言葉と経験

言葉は経験の上に成り立っていると僕は思います。そして、言葉はアウトプットできますが、経験はアウトプットできないことを意識しなければなりません。

つまり、この文章は僕の経験を土台にした言葉で成り立っていますが、読む人の経験は僕の経験とはもちろん違う訳ですから、すっかりその土台が入れ替わっているわけです。したがって、ともするとその言葉の意味が全く違うものに捕らえられている可能性があります。

どうしても受け入れることのできない他人の価値観、というものはやはりいつになってもあるものです。一時はそういったひとつの価値観についていろいろ考えをめぐらし、悶々とした時期もありました。いっそのこと、その価値観を真っ向から論破してやろうかと思ったこともあります。また、そう思うだけの正当性もあったのです。

しかし、最近は落ち着きつつあります。重要なのは理解を示すことなのかもしれません。たとえ、受け入れられない、共有できない価値観であったとしても、それに対して理解を示すことはできます。僕の経験の上には成り立たない価値観であったとしても、その人の経験の上には十分成り立っているのですから。たとえその価値観が間違っていたとしても、それにメスを入れるのは、僕ではなくその人自身でなければ意味がありません。

言葉は経験には勝らない。

相手の経験を尊重せず、自らの経験を言葉に託して価値観という正義を掲げてしまえば、それは果ての無い争いになってしまいます。相手との争いにならずとも、自分自身の自問自答が果てなく続きそうに見えたとき、僕は尊重の念を忘れていることに気付いたのです。尊重すれば理解もできるのです。

March 14, 2006 | Experience

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