「平和だなあ」
青年沢庵は、若くして多感な――そして宗教家らしい詠嘆を漏らしてその側に立った。お通が、せっせと花を刈っている仕事には手伝おうともしないのである。
「……お通さん、おまえの今の姿は、平和そのものだよ。人間は誰でも、こうして、万華の浄土に生を楽しんでいられるものを、好んで泣き、好んで悩み、愛慾と修羅の坩堝へ、我から墜ちて行って、八寒十熱の炎に身を焦かなければ気がすまない。……お通さんだけは、そうさせたくないものだな」
吉川英治『宮本武蔵(一)』講談社 P69 地の巻 花御堂
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April 12, 2006
平和
April 12, 2006
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January 7, 2006
支配と自由
アメリカ人が、地球最後の世紀に学んだように、情報の自由な流通だけが圧政に対抗できる安全弁である。かつて自由を奪われたことのある人々は、その指導者が情報の自由化の規制を緩めた途端に自由と活力に満ちて活動し始める。
しかし、自由な国であっても、公の場での発言を徐々に抑制している場合は専制政治への急速な移行を始めていることになる。情報へのアクセスを妨害する者に気をつけるが良い。その者は密かにあなたを支配しようと企んでいるにちがいない。
コミッショナー プラヴィン・ラル『司書の序文』
January 7, 2006
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August 21, 2005
富士山
「おらも大きくなったら、柳生様のようになろう」
「そんな小さな望みを持つんじゃない」
「え。……なぜ?」
「富士山をごらん」
「富士山にゃなれないよ」
「あれになろう、これに成ろうと焦心るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。世間へ媚びずに、世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値打ちは世の人がきめてくれる」吉川英治『宮本武蔵(六)』講談社 P112 空の巻 入城府
August 21, 2005
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July 12, 2005
身よりも心が寒いせいだろう
そもそもおれは未練者だ。ともすると、人肌を恋う嬰児のような、乳くさい感傷に恋々と心を揺すられ、孤独をさびしがり、暖かそうな人の家庭の灯が羨ましくなる。なんたるさもしい心だろう。なぜ、自分に与えられたこの孤独と漂泊に、感謝を持ち、理想を持ち、誇りを持たないか
中略
――理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない
吉川英治『宮本武蔵(三)』講談社 P178 火の巻 孤行八寒
July 12, 2005
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July 10, 2005
作法は心がまえ
「武骨者です、実は、茶などいただいたことがないので、飲むすべも、作法も知らないのですが」
すると、妙秀が、
「なんのい……」
と、孫でもたしなめるように、やさしく睨めた。
「茶に知るの、知らぬのという、智恵がましい賢らごとはないものぞよ。武骨者なら武骨者らしゅう飲んだがよいに」
「そうですか」
「作法が茶事ではない、作法は心がまえ。――あなたのなさる剣もそうではありませぬか」
「そうです」
「心がまえに、肩を凝らしていては、せっかくの茶味が損じまする。剣ならば、体ばかり固うなって、心と刀の円通というものを失うでござりましょうが」吉川英治『宮本武蔵(三)』講談社 P291 風の巻 生きる達人
July 10, 2005
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July 6, 2005
驕慢な天才と凡質を孜々と研く人
いや決して、天稟の才質ではありますまい。その才分を自ら恃んでいる風がない。あの人は、自分の凡質を知っているから、絶えまなく、研こうとしている。人には見えない苦しみをしている。それが何かの時、鏘然と光って出ると、人はすぐ天稟の才能だという。――勉めない人が自らの懶惰をなぐさめてそういうのですよ。
吉川英治『宮本武蔵(八)』講談社 P212 円明の巻 世の潮路
July 6, 2005
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June 4, 2005
真の勇者
――生命を愛する。
ということは、単に無為飽食を守っているということとはたいへんに意味が違う。だらだらと長生きを考えるということではさらさらない。いかにしてこの二度と抱きしめることのできない生命との余儀なきわかれにも、その生命に意義あらしめるか――価値あらしめるか――捨てるまでも、鏘然とこの世に意義ある生命の光芒を曳くか。
問題はそこにある。何千年何万年という悠久な日月の流れの中に人間一生の七十年や八十年は、まるで一瞬でしかない。たとえ二十歳を出でずに死んでも、人類の上に悠久な光を持った生命こそ、ほんとの長命というものであろう。またほんとに生命を愛したものというべきである。
人間の全ての事業は、創業の時が大事で難しいとされているが、生命だけは、終わる時、捨てる時が最もむずかしい。――それによって。その全生涯が定まるし、また、泡沫になるか、永久の光芒になるか、生命の長短も決まるからである。
吉川英治『宮本武蔵(四)』講談社 P302 風の巻 木魂
June 4, 2005
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